作品紹介
本土からフェリーで揺られること数時間。伊豆方面の離島に設立された『聖ヨシュア学園』には、ふたつの校舎が存在する。
それは、ごく一般的な『普通棟』と、特別な生徒だけが入学を許された、『特別教室棟』だ。
この春。僕は晴れて、この『特別教室棟』に入学することが決定した。
友人も作らず、部活にも入らず、時間を浪費していただけの日々とはもうお別れだ。憧れの姉さんがかつて通っていた、この校舎で、新しい人生への一歩を踏み出すんだ――。
そう勇み立った僕の前に、ひとりの少女が現れた。
「少年、何ぼーっと突っ立ってんの」
そう言って、からりと笑った彼女には、ある秘密があった。
そして、彼女との出会いこそが――
一生忘れられない夏の、始まりだった。
日本語のノベルゲーをプレイしたのは、十年ぶりくらいかもしれません。本作は、紹介サイトに「ひぐらしのなく頃に」や「車輪の国、向日葵の少女」、「cross channel」などにインスパイアされたと書かれてあって、興味を喚起されたので、事前知識ゼロで購入してみた次第です。
ちなみに、私自身はひぐらしについては鬼隠し編がフリー配信された時にリアルタイムでプレイし、当時の熱狂の中で原作の本編最終章まで追いかけました。cross channelは後追いですが20年ほど前にプレイ済み、また車輪については未プレイですが、大まかなシナリオや「仕掛け」についてはネタバレを食らってしまったのである程度知っています。
では、それらに影響を受けたという本作をプレイして、私がどう感じたかですが…。端的に言えば、まあまあ辛口評価になりました。
エピソード3に入った。
— green cat (@kurukurukurage3) August 14, 2024
うーん…。
500円ってのは『シロナガス島への帰還』を意識しての価格設定ってどこかで読んだので、このゲーム終わったらそっちをプレイしてみるか。
そうしないとちょっと、妥当なのかどうかなんとも言えない。「これは!」って部分もあるにはあるんだけども…。
↑気になる人はこちらからどうぞ。第1章までは体験版として無料でプレイが可能です。
※本作は短いこともあってネタバレに触れないのは難しいため、ネタバレありの感想のみ書きます。ネタバレ食らいたくない人は、読まずに戻ってください。
よくない点
どんな作品でも、良い点と悪い点がありますからね。両論併記はさせていただきます。良かった点は後から書くとして、まずは悪かった点を。
没入感を削ぐ要素が多い
同人の低価格ゲームということで、当初アラ探しをするつもりはなかったのですが…。しばらく良質な商業ゲームばかり遊んでいたこともあり、どうにもこうにも細かいことで気になった点がいくつも出てきて、物語に入り込むのが難しかったです。
ノリがしんどい
日常会話に、アニメや漫画、文学、ゲーム、お笑いのパロディがかなり詰め込まれています。人によってはテキストを読むのがキツイと感じるかと。またパロディの外にもキャラクターによるメタ発言があることなども好き嫌いの別れるところでしょう。
↑こういうのとか。名前が「キレる伝書鳩」に変わっているところとか、なかなか芸が細かいですね。
ただ私の場合、ひぐらしもcross channelも、日常パートのギャグ部分が本当にキツかったので…。そこが好きだと言う人がいることも承知しています。ハマる人にはハマるのかもしれません。
無駄に使用される難解な語彙
また、これもテキストについてなのですが、本作には割と難解な語彙が使用されています。
↑「怯懦(きょうだ)」とか「須臾(しゅゆ)」とか使ってますが、それぞれ「怯え」とか「わずかな」ではいけないのでしょうか? 難解な語彙を使用すること自体がダメだとは思いません。作品内に大量の文学作品が登場するくらいには、ライターさんは小説に造詣が深いと思うので、もしかするとご本人は難解な語彙を使用している意図はないのかもしれません。実際、カタめの言葉を使うことで文章が「締まる」こともありますし。
ただ、本作はより平易な語彙に言い換えても何ら問題ない場面でさえ、あまり見ないような単語がガンガンに使われているので、それほど活字に慣れていないプレイヤーにとってはストレスが溜まるでしょう。
その他没入感を削ぐ要素
その他、不自然な描写が散見されることが没入感を奪う要素になっています。
例えば第1章の音楽の授業で、主人公と金田とが、そろって「アルト」パートに振り分けられていましたが、2人は男性なので普通は「テノール」か「バス」のどちらかに振り分けられるはずです。ですので、私はこの時点で「主人公と金田は実は女性という叙述トリックがあるな」と考えてしまいました。しかし、読み進めるとどう考えても2人が男性としか思えない描写が出てくるので、これはミスかそういう世界線の話だろうと判断し、第2章の男子トイレのシーンにてついにその説を捨て去ることとしました。
また、こっちは私立学校なら普通のことかもしれないのですが、今時土曜日に学校がある(午前授業)のも不思議でした。ずっと公立学校だった私の感覚からすれば、土曜日は休日のイメージしかなかったので、もしかするとこれは時代設定が平成初期であることの伏線かもしれない、と考えました。しかし、確か地の文で「2025年」という表記があったよなぁ…と思い出したために、これも伏線ではないと考え直した次第です。
あとですね、これは本編に全然関係ないのですが、流奈が凜々花を呼ぶ際に、「お譲」って呼ぶんですよね。「お嬢」じゃなくて「お譲」って。「おじょう」で変換したらこうはならないはずなので、いったいどういう意味があるのかと気になってしまいました。パロディが多い作品なので、これにも元ネタがあるのかもしれませんね。
(→と思っていたら、第3章では普通に「お嬢」って書かれていました。どうやら単なる誤植のようです。)
全体的に描写不足
次のマイナス要素は、単純なテキストの少なさです。描写が不足しているせいで、主人公とヒロインたちの心の動きが唐突すぎて、プレイヤーが置いてけぼりにされる箇所が複数個所あります。
例えば第1章で、凜々花が確執を経てからマコトを信頼するようになるまでの描写があまりにも少ないんですよね。いちおう文通で心を通わせているという描写があるにはあるし、細かい選択肢で主人公が凜々花のことをどれだけ正確に記憶しているかをプレイヤーに選ばせることで、その辺りのケアをしているのはわかりますが、それでも地の文が圧倒的に足りていないために唐突さは拭えません。
↑こことか、なぜ僕がそれを証明するのは簡単なんでしょう。主人公は特殊能力持ちではないので、論理で解決できるはずですが…。
同様に、蘭についても。
↑蘭は生前のコハルの前に、コハルの恰好をして現れる予定だったと言いますが、このあたりの行動原理が、何度文章を読んでも理解できませんでした。抑圧型の特徴である「他者に依存しやすい」性質が表れたということで納得するべきなのかもしれませんが、だとしても、いくらコハルを人生の指標にするとして、「じゃあまずは服装とか真似てみるか」、という行動に行きつく意味が全然わかりません。極限状態でこの学園に入れられ、コハルに出会ったことで、当時の蘭はコハルに対してもしかしたら崇拝に近い感情を持っていたのかもしれないな、と考えてもみましたが、読み返してみても蘭自身の言によればコハルはあくまでも「親友」で「信頼に足る人物」に過ぎず、服装等を真似るほど入れ込んでいるようには読めません。
(→第3章に至って、「崇拝」という単語が登場しました。第2章時点では読み取れませんでしたが、彼女の中には実際にはもっと強い想いがあったようです。)
そして主人公のマモルくんについても納得しがたい部分が。
彼、単なる交流生にしては、大人に対して異様なほど強い権限を持っていますよね。寛解に近づいた生徒を推薦して普通科に編入させるとか、いくらなんでもイチ生徒の権限を越えすぎていませんか? 同級生兼監督役というのは、確か『車輪』もそんな感じの設定だったと思うのですが、本作のマモルはいくらカリスマ的存在だったコハルの弟だとしても、本人は一介の交流生にすぎないですし、凜々花の両親との面談の場に入ることなども、そんなプライベートな場に他人が入ることを学園側が認めるとは思えません。
いちおう、これも第3章の終盤になって、理事長自身がマモルを推薦した描写がたった1文だけ記載されるのですが、なぜマモルが選ばれたのかの理由は不明ですし(成績が良いとかコハルの弟だとかだけで、直々に理事長が指名しますかね?)、マモルもマモルで、そんな理事長直々の推薦を、川嶋教諭への口頭での報告だけで、勝手に「中断」したりしています。それも、赤狼病の兆候が出ているにもかかわらず、です。ちょっとやりたい放題しすぎで、あまりにもリアリティがないですよ…。各章でどういうわけか各ヒロインのことを好きになって付き合い始めるのも、いったいいつ好きになったのか描写がないし。
このように、メインキャラクターにことごとく感情移入できなかった原因は、尺とキャラクター数とのバランスが崩れていることにあります。5~7時間のプレイ時間に対して、メインキャラが主人公+ヒロイン3人+コハルの5名。さらに親友ポジの金田に、準レギュラーキャラが数名。どう見ても尺が足りていません。キャラクターが多すぎるんです。
例えば、最近プレイしたノベルゲーで言えば、『終のステラ』だと、主人公+ヒロイン1人、これにわりと重要なキャラクターが1人、その他立ち絵のあるサブキャラが3名程度で、プレイ時間は英語で20~30時間です。日本語だと10~15時間くらいでしょう。尺は、『赤ぐろ』の2倍くらいですが、登場キャラクターは少ないため、1人1人のキャラに対してより濃密な描写が可能です。『赤ぐろ』は、ヒロイン3人ともそれほどキャラが立っていないのですが、これは描写の仕方というよりも、単純に描写量が不足しているせいです。
ぎこちない話運び
最後に、話運びがぎこちないというか、ミステリモノにしては詰めが甘かったり不自然な点が多数目に付きます。
たとえば、第2章のバッドエンドでは、蘭とマモルは凜々花が犯人で勉強会が始まる前にコハルを殺害していたという可能性を鵜呑みにしますが、勉強会の開始時刻とコハルの死亡推定時刻から、コハルが死亡したのは勉強会開始後ですので、その可能性があり得ないことは明らかです。あのパートでは探偵役で(蘭からの誘いに乗るまでは)冷静だったマモルがそんな単純なことに気付かないというのは苦しくないでしょうか(後述しますが、Extraでは勉強会開始前にコハルが死亡したことが外ならぬコハル視点で示されます。ただこの時点での彼女は赤狼病末期なので信頼できない語り手ですので、警察関係者が示したとされる死亡推定時刻の方が、コハルの言よりも信頼性が高いのは明らかです)。
また、コハルについてもよくわからない点があります。
↑コハルが学園から自殺をなくした、ということですが…具体的にどうやってそんなことができたのかについては述べられていません。「権力を懐柔して、方針を操作した」とか「個人から(自殺の、ですよね?)自由を奪った」とか言われても、方針を操作したくらいで自殺を防ぐことができるとは思えないし、自殺の自由なんて奪いようがないですよ。それこそコハルの生前は屋上がオープンだったんですから、飛び降りとかも簡単でしょうし。
↑賢い蘭は、コハルが自殺の選択肢を奪ったことをすぐさま納得できたようですが、プレイヤーである私には全然納得できていません…。
第3章の凪紗の行動も、ちょっとよくわからないです。
↑凪紗は全校生徒の前でコハル退学の真実を告げ、ついでにペラペラと学園の内情をぶっちゃけます。得意げに「あと1週間以内にコハル殺害の犯人が名乗り出ないのなら、この学園の内情を全部世間に公表する」なんて宣言している凪紗ですが…。
こんなストレスを与えたら赤狼病患者たちがどうなるかわかりませんよね。ゲーム内では精神の不安定になった彼らを凪紗が夜な夜なケアすることになり、それを手伝うマモルとの親睦を深めていくという流れになりましたが、これはまあ、ご都合主義というやつです。シナリオの都合上こうなりましたが、実際はいきなり暴動が起きて学園が潰れた可能性もあったはずです。凪紗自身はそれでも良かったのかもしれませんが…。
と言う感じで、まあアラだらけです。思ったことは他にもありますがゲームの分量に対して感想が長くなりすぎても仕方がないので、この辺で。
おすすめな点
とまあ、よくない点はこれくらいにして、次は良かった点について書きましょう。
コハルの死の、第2の解決の説得力
本作はコハルの死の真相を追う物語で、ミステリ的に言えば「多重解決形式」になっています(凜々花による殺害:第1の解決、マモルの仮説:第2の解決、凪紗とコハルの主観視点:第3の解決)。
この中で、「赤狼病の末期患者が正気を保っていてはいけないため」という第2の解決については、クオリティの高さに感心しました。それまでのコハルの描写から、他人に殺されるような人物ではないことはわかっていましたが、やっぱりミステリは動機が肝心。自殺するにしても、コハルという人物を端的に表す説得力のある動機が必要でした。その点、マモル視点での彼女の力強さと異質性、ある種の狂気を満たすこの解決は、それが否定される根拠も含めて素晴らしかったと思います。
さて、一方でこの第2の解決が真相じゃないことは割と簡単にわかります。その理由はいくつかありますが、まず仮にこれが真相だとするのなら、コハルはマモルの見立てどおり完全無欠な人間ということになります。
ならば、まずコハルがあえてこのタイミングで自殺した理由が説明できません。この日のこの時間、コハルは蘭からの呼び出しを受けていたのですから、そのタイミングで自殺してしまえば蘭に疑いが向くし、後に潔白が証明されたのだとしても、自らの遺体の第一発見者になるであろう蘭にトラウマを植え付けることになってしまいます(コハル自身は呼び出しをしたのが蘭ではなく凪紗だと考えていたようですが、コハルが本当に「完全無欠な人間」なのであれば、呼び出したのが蘭であろうが凪紗であろうが、守ろうとしたはずです)。
加えて、そもそもマモル自身が指摘していたとおり、保護施設であるこの学園において自殺はダメなんですよ。せっかく生徒たちの意識から自殺を奪ったはずなのに、それを自ら台無しにするような真似をしてしまったら…。それも、コハルというある意味「カリスマ」的ポジションの人が自殺なんてしてしまったら、それこそ後追い自殺する生徒が出てきて、最悪の集団自殺に発展する恐れがあります。
それに、もしこれが自殺だとするならば、なぜコハルは雑に凜々花のナイフを使ったんだってことにもなります。実際、他殺が疑われて凜々花に容疑がかかってしまいましたし、マモルによるコハルの人物評とはチグハグです(実際には学園側がもみ消したわけですが、そうなる保証など、どこにもなかったはずです)。
だから、コハルが本当に完全無欠の人間だとして、自ら死を選ぶのであれば自殺でもなく他殺でもなく、事故に見せかけるのが最善だったのは、誰の目にも明らかなわけです。ということはコハルがマモルの仮説どおり、本当に正気を保っていながら他殺の線を消さなかったのであれば、それはもう、わざとということになるわけで、コハルが自殺した、という解決を導くための土台=マモルが見ていたコハルという人物像自体が誤っていたことになります。要するに、真実がどうであれ、マモルによるこの第2の解決はあり得ない、という帰結に落ち着くわけですね。見事です。
最後まで✖✖が✖✖✖✖✖✖話作り
(※目次からネタバレするのを避けるため、✖表記にしましたが、「最後まで真実が明かされない話作り」です。)
これは見ようによっては良くない点でもあるのですが、本作ではExtraを含めて最後までコハル死亡の真実が明かされません。
そもそも、本作は人の死の真相を追うミステリにしては、「確固たる証拠」がほとんど出てこないという珍しい特徴があります。確実なのは、コハルの死亡推定時刻、死亡場所、凶器が凜々花のナイフであること、コハルを屋上に呼び出したのが蘭であること、コハルと最後に出会ったのが凪紗であること、最後に提示されたプリクラくらいであって、それ以外は全てキャラクターたちの想像や推理で成り立っています。そのため、物語は砂上の楼閣にジェンガを重ねるような歪な形で、真実らしきものは如何様にも構築することが可能なわけです。
つまり、本作で示されたコハル死亡事件の3つの解決(凜々花による殺害:第1の解決、マモルの仮説:第2の解決(上述した解決)、凪紗とコハルの主観視点:第3の解決)が真実である保証はどこにもなく、後から新たな証拠が出てくれば、真実が上塗りされる可能性が示唆されています。
#赤ぐろ
— green cat (@kurukurukurage3) August 12, 2024
お、エピソード2に入ったから、ここからは実況禁止ゾーンですね。ということで、内容についてはもう触れません。クリア後、ブログに感想を投稿します。
1つだけ。たぶん本作のライターさんはミステリに造形が深いと思うので、ぜひとも後期クイーン問題をテーマにした作品を書いて欲しいな。
↑第2章に入ったところで私がしたポストです。この時は気づかなかったのですが、まさに本作自身、後期クイーン問題を扱っていた作品だったんですね。本作のライターさんは、竜騎士07氏に影響を受けているらしいので、この辺りは『うみねこのなく頃に』が念頭にあったのかもしれません。
そのため一見すると、第3章のラストで凪紗により真実が語られてたように見えますが(第3の解決)、これはわかりやすく嘘です。
↑凪紗の言によれば、凪紗が屋上でコハルと邂逅したのが18時50分。コハルはこの直後に死亡し、その後、凪紗は勉強会に参加しています。また、勉強会が始まったのは19時00分。しかし、コハルの死亡推定時刻は19時10分~20分で確定していますから、この凪紗の告白が嘘であることは明確ですね。
※この辺りの時間軸も彼女たちから聞いたものに過ぎないので真実でない可能性がゼロではないのですが、流石に警察が入って捜査している以上、時刻のような重要な部分で嘘をついてバレてしまえば一気に疑いが深まってしまうので、それはないでしょう。
またExtraでは、コハル自身の一人称で当時のことが語られます。これは第3の解決をなぞったものになっていますが、前述したようにそれが真実ということはあり得ません。地の文ではありますが一人称ですし、この時点でのコハルは赤狼病末期患者としてどう見ても信頼できない語り手になっていることも、第3の解決を否定できる根拠となるでしょう。
このように、本作の中では、コハルの死の真相は最後まで語られません。短編とは言え、主人公はプロローグからずっとその謎を追ってきたにも拘わらず、最後まで真実が判明しないというこの肩透かし感。個人的に、とってもアリだと思いますね。同人ゲームはこうじゃなければ!
(→とか書いたものの、これで死亡推定時刻が単なる誤植だったらもう目も当てられません。…いや、流石にそれはないですよね? 凪紗とコハルの語ったことがそのまま真実だなんてことは…)
グロテスクな心模様
あと、この点についても言及しておく必要があります。
本作のキャラたち、Extraまで進めても、まあほとんど報われないですよね。凜々花は凪紗から友達だと思われていないことが第3章で判明しますし、それはたぶん蘭も同じことでしょう。3人とも選択肢ミスるとすぐ互いに殺し合うし、何ならマモルまで参加したりしますし。
そして極めつけは、凪紗-コハルの関係です。NormalからTrueに分岐するキーとして登場する、小学生時代の2人のプリクラ。あれをマモルに突きつけられることで、凪紗は忘れていた2人のつながりを思い出し、涙します。あんなに求めてもどうしても掴むことのできなかったコハルの心に触れたことで、流すことのできなかった涙を流すのです。本来なら、(その後の展開はそれはそれとして)少なくとも凪紗とコハルの物語はこれにて決着、となるべき綺麗な場面でした。
しかしながら…。
Extraを読めばわかるとおり、コハルの述懐には、プリクラどころか小学生時代の凪紗は一切登場しません。マモルがあんなに熱い想いで凪紗に語ったのに、ですよ? それどころか、コハルは凪紗と再会しても、過去のことを綺麗さっぱり忘れています(まあこれは凪紗も同じだから、おあいこですけどね)。
ここは、なんかもう笑っちゃいました。部外者のマモルにすらその価値がわかるほどの超強力アイテムだったはずのプリクラが、コハルにとっては効果がないどころか物語に登場する資格すらないだなんて、そんな滑稽なことあります?
凪紗さん、超不憫…。これは確かに、グロテスクと言わざるを得ません。看板に偽りなしでした。
演出のすばらしさ
最後に、本作、演出が独特です。
オープニング画面のイラストがゆらゆらと移り変わるのも美麗で儚さを感じさせるものですし、章が移る際の切り替えも凝っています。また、通常のウインドウとは異なり、特定の場面では画面全体に文字が表示される演出がなされたり縦書きが使用されたりするのも、プレイヤー側に気持ちの切り替えをさせる意味があるのだと思われます。
BGMも、常に流れているわけではなく、あえて無音状態を作ったり、急展開の場面ではぶつ切りにして緊張を一気に誘発したりすることで、上手く読者の興味をコントロールしているように感じました。
とりわけ、第3章で満を持して主人公が登場するシーン。それまでずっとシルエットだったマモルの足が、色彩を伴ったアップで映し出されますよね。
↑これ、とてもカッコ良いですよね。テンションが上がる演出です。ぜひ次回作もこういう演出を見せてほしい。
おすすめ度
おススメ度は、10段階で6です。
有名タイトル3つから影響を受けた、ということで本作を手に取ったわけですが、残念ながら、cross channelから緻密さを、車輪から説得力を、ひぐらしからリーダビリティを削ぎ落してくっつけたという印象になってしまいました。550円という低価格を考えると厳しめの評価かもしれませんが、やはりミステリとしては崩壊していますし、キャラゲーとして楽しめるわけでもないし、地の文のリーダビリティが高いわけでもないとなると…。
同価格帯でフルプライス長編のcrystalline↓が買えることを考えても、これくらいの評価になるのは仕方ないのではないでしょうか。
まとめ
わりと辛口評価をしましたが。「これぞ同人作品」というものを久々にプレイさせてもらって、懐かしい気持ちになりました。アラだらけですが、尖った部分はビンビンに尖っているので、ハマる人はハマるんじゃないかな、というポテンシャルを感じる作品でした。
↑550円という低価格ですし、第1章までは無料でプレイできる体験版がありますので、気になる方はプレイしてみてはいかがでしょうか。
↑守りたい!この笑顔!(末期症状だけどね。めちゃくちゃ可愛いですね、このスチル)
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