英語多読したり投資したりFIRE目指したり

30代からの投資でアーリーリタイアを目指す記録。日本に拘りはなし。

英語ゲーム多読の記録⑨【ATRI -My Dear Moments- 】日本のノベルゲー

 

作品紹介

原因不明の海面上昇によって、地表の多くが海に沈んだ近未来。

幼い頃の事故によって片足を失った少年・斑鳩(いかるが)夏生(なつき)は、
都市での暮らしに見切りを付け、海辺の田舎町へと移り住んだ。

身よりのない彼に遺されたのは、
海洋地質学者だった祖母の船と潜水艇、そして借金。

夏生は“失った未来”を取り戻すため、謎の借金取り・キャサリンと共に、
祖母の遺産が眠るという海底の倉庫を目指して潜る。

そこで見つけたのは、
棺のような装置の中で眠る不思議な少女――アトリ。

彼女は、人間と見紛うほどに精巧で感情豊かなロボットだった。
海底からサルベージされたアトリは言う。

「マスターが残した最後の命令を果たしたいんです。
 それまで、わたしが夏生さんの足になります!」

海に沈みゆく穏やかな町で、
少年とロボットの少女の、忘れられない夏が始まる――。

 

 『ATRI』は、私がこれまで多くプレイしてきたKey作品ではありません。しかし、滅びゆく世界という点で、荒廃したPlanetarianやHarmoniaと世界観が似ていたり、ロボット(本作内ではHumanoidと呼ばれるアンドロイド)が登場する点も同じです。

 主人公であるNatsukiには借金があるため、海から引き揚げたAtriをすぐさま売却しようとします。しかし、Atriは言います。「45日間だけ売却するのを待ってほしい。それ以降は、どうなろうと構わない」と。

 実際、売るあてもないということでいったん売却の話は延期されますが、それでも45日後にAtriが売却されてしまうことに変わりはありません。

 といわけで、本ゲームは別れの日がわかった状態でスタートするタイプのボーイ・ミーツ・ガールもの。トンネルの崩落事故で片足を失った主人公Natsukiは、祖母の遺産であるこのHumanoidを売り飛ばすだけで、これまた祖母から相続してしまった莫大な借金を返して最新式の義足まで購入でき、さらにお釣りまで来るのです。よって、彼にはATRIを売る他に選択肢はありません。なのに別れまでの45日間で、彼はAtriにどうしようもなく惹かれてしまい、しかしそれでも確実に来る別れに・・・?

 ↑物語序盤で、廃校問題について意見を求められたAtriはこう述べます。

 

"The important thing is how you spend the time before the end."

 

 そして、この一文こそが、本作を貫く主題となっているのです。

 まさに王道&王道&王道ですが、期待通りに切なく、綺麗で、儚く、悲しく、しかし力強い物語。ロボットをヒロインとした単なる青春モノで終わるのかと思いきや、祖母の残した遺産を謎を解き明かすミステリ要素や町や星の命運が絡んできて、後半は意外なほどスケールの大きな物語に発展していきます。いわゆる「セカイ系」の派生になるとは思うのですが(この辺り、変に論を展開すると詳しい人たちに袋叩きにされるので、あえて深入りしません💦 私はそう感じた、ということくらいで置いておいてください)、極めて完成度とキャラ萌え度が高く、ミドルプライスとは思えないほど超おすすめ。この間まで、Harmoniaが死守していた2023年の私的ベストを、完全に塗り替えました!

 

必要英語力など

推奨英語力:TOEIC550~、英検準2級~

 ゲームプレイ開始時点の私の英語力は、TOEIC905点でした(英検は受験歴なしですが、複数の語彙診断サイトで9,500語前後の評価のため、準1級~1級の間程度でしょう)。

 推奨英語力は"Harmonia "と同程度。純粋な学園モノではないものの、主人公の年齢はあくまでも高校生ですから、出てくる単語もそれほど難易度が高いわけではなく、言い回しも平易です。また、他のノベルゲーと比較しても会話文がかなり多く、音声は日本語ですから話を見失うことはないでしょう。さらに、本作は2種類の字幕を並列できるという素晴らしい機能があるため、実際のところ英語力がほぼ0であったしても何の問題もなく読み進めることが可能です。よってほとんど何の指標にもなりませんが、便宜的にこれまでで一番低いTOEIC550点もあれば十分だということにしておきます。

 ただ、普通に英検1級レベルの単語もスラングもガンガン登場しますので、もし日本語字幕をつけないのであれば、それなりの英語力がないと結構キツイと思われます。

 

印象に残った難単語・難表現たち

prosthetic leg:義足(『究極の英単語プレミアム』に登場するほどの激難語ですが、本作では頻出)

toaster:ポンコツ(古いPCに使う言葉らしく、本作ではAtriの蔑称として頻出)

Roger!:ラジャー!(英語だったのか!)

fidget:もじもじ、そわそわする(主に「夜」に、登場しますね! ふふ。)

 

推定プレイ時間:20~30時間

 私の場合、プレイ時間は全エンドを見て30時間程度でした。

 本作は、字幕が英語と日本語併記できるという特性から、英語のみの作品と比べてAnkiにぶち込む頻度が増えたことがプレイ時間が増えた主な原因です。「おおっ! 日本語のこのセリフは英語だとこう訳すのか! おっ、この日本特有の表現はこんな風に言い換えちゃうのか!」なんてことが多々あったんですよ。

 あとそれとですね、Natsuki&Atriのニヤニヤタイムが頻出することと、中盤からガンガン出てくる泣きのシーンで放心したりしてなかなか読み進められなくなったことが、プレイ時間の増加に拍車をかけています。ここまでポジティブからネガティブまで何度も何度も感情を揺さぶられるゲームはなかなかないですよ。

 まあ日本語版をプレイした人は、だいたい10時間くらいでクリアしているようですので、英語多読用として使用しないのであればプレイ時間は激減するかと。

 

よくない点

 どんな作品でも、良い点と悪い点がありますからね。両論併記はさせていただきます。良かった点は後から書くとして、まずは悪かった点を。

 ・・・といっても、本作に限っては悪い点なんてないに等しいんですけどね、マジで。

日本語音声かつ主人公音声なし

 これはPlanetarianなど、日本の他のノベルゲーと同じです。英語学習用としてとらえた場合、やはり音声が日本語なのは一長一短があります。実際には文法力が足りずに読めていないのに、耳から日本語訳が入ってきてしまうことによって、あたかも実力で会話文が読めちゃってるような気がしてしまうんですよね。残念、それは錯覚です。日本語音声に惑わされず、知らなかった表現はAnkiにぶち込むなりノートに書きとるなりして、地道に暗記しましょうね。

 

声優にハマれるかどうか

 そしてこれもまた、Harmoniaと同じ問題です。ヒロインであるAtriの声にかなり特徴があり、人を選ぶんですよね💦 正直、私は苦手なタイプでして、これが邪魔して作品世界に入り込むまでに時間がかかってしまいました。

 まったく誇張なく書きますが、この狙いすぎなロリボイスと、プレイヤーに媚びたようなあざと過ぎる喋り方がキツくて、背筋に鳥肌が立ったほどです…。

 

 ただですね、このATRIに関してだけはもう断言しますが、最初苦手な人ほど後で泣きますからね。その点、私は得したなあ~、って感じです。こんなに心を突き動かしてもらえるなんて。

 最後には「この声以外認めない!」に掌返してますよ、まず間違いなく。他のゲームで言えば、シュタインズ・ゲートの後半、あんなにウザかったはずの「鳳凰院凶真」が登場しなくなると、なぜか無性に彼に会いたくなって、そこで初めて自分は彼が好きだったことに気付くみたいな、そんな感じ?

 短所でもなんでもなくなってますね、もう。

 

おすすめな点

 とまあ、よくない点はこれくらいにして、次は良かった点について。

強すぎるヒロインAtri

 例えば、Planetarianのヒロインであるゆめみは、「ロボットであるからこそ」の魅力を備えていました。感情表現はできないし、一度記憶したことは忘れないし、場面によってはセリフもロボットらしく棒読みになっています。もちろん(廉価版なので)涙だって流せません。

 それとは対照的に、本作のAtriは極めて感情表現が豊ですし、痛みも感じますし、物忘れもするし、(洗浄機能ではありますが)涙も流せます。あと、(消化せずそのまま排出するけど)物も食べられます。本人曰く「高性能アンドロイド」だそうで、一見するとまったくもって人間にしか見えません。これだけ見れば、果たしてヒロインをわざわざロボットにした意味があるのか?とさえ思ってしまいます。

 

 一方で、本作の主人公はPredicamentな状況に立たされています。

 それまでAcademyと呼ばれるエリート校に通っていたものの、どこにいるかわからない父親からの仕送りでは学費を払えなくなってゼミを追い出され、高価な義足を売却してなんとか学費を作るも、片足でのキャンパスライフは差別を助長する結果となります。止まっていたはずの幻肢痛まで再発して夜は眠れず、頼るべき母親は自らの足を失った際の事故で既に死んでいるという。

 ↑逃げるようにして人里離れた、祖母の住む町へやってきました。その後、その祖母まで死んでしまい、残されたのは祖母から相続した借金と、海の底に眠る祖母の研究結果のみ。

 Atriと出会った日、「足を取り戻したら、何がしたかったんですか?」と彼女に問われたNatuskiは、すぐさま答えを返すことができませんでした。足さえ戻れば、自分は失った未来を取り戻すことができるのか、と自問します。

 もちろんそんなはずはなく、その夜も幻肢痛に苛まれ、思わず天井に腕を伸ばすNatsuki。誰か俺を助けてくれ、と。

 ↑決まって不安に苛まれる夜。救いを求めて伸ばした自分の腕を取ってくれる人なんてずっといなかったのに、この夜だけは違いました。j必死にあがくNatsukiの腕をAtriが取り、そして優しく抱いてくれるのです。惚れてまうやろー!なシーンですね。ただ元気で可愛らしいだけではないAtriの魅力が最初に発揮された場面で、ここから彼女の世界に引きずりこまれてしまったプレイヤーが多数いるはず。

 この後、物語を進めるにつれて、彼女の魅力は天井知らずでプレイヤーのハートを掴んで離さなくなるでしょう。どこまでも明るく、活発に他者と交流し、町中から受け入れらるAtri。Natsukiと居られる時間は少ないにもかかわらず学校に行き勉強することを望み、残された時間を有意義に使おうとするAtri。Natsukiの「足」として、常に彼と行動を共にし、Natsukiが幻肢痛に苛まれる夜にはそれ以上の役割を担うAtriに。その裏で○○○○○○○○、しかしその○○○○○○○○Atriに。

 

 本作は、完成度の高さもさることながら、Atriの魅力が9割だと言ってしまえるほどに、彼女のための物語です。


 

 ↑初回限定版は、ゲーム本編に加えてサントラも付属。なお、本編のみなら2,000円前後で購入するのがお得です。

 ↑本体のみならこちらから。見て下さいこの異様なほどの高評価!2,000円のクオリティでこんなもの出された日には・・・。

 

英語&日本語字幕が同時に表示され、翻訳の勉強になる

 前述したように、本作には変わった機能があり、メインの字幕とサブの字幕との言語をそれぞれ設定できます。そのためメインを英語、サブを日本語に設定すれば、物語を読み進める際にかなり大きな補助になります。

 英語多読にとってこれが良いことかどうかは考える余地がありますが、しかし、副業で翻訳をしている私のような人間にとってはめちゃくちゃ有用なんですよ。日本語特有の表現を英語でどのように訳せばよいか。それとなく似せるのか、思い切って全然違う表現にしちゃうのかなどを判断する材料になります。

 私は、序盤は英語字幕のみでプレイしていたのですが、サブ字幕のあるゲームはそれほど多くないため、珍しさも手伝って途中からは両方の字幕をONにしてプレイすることにしました。

 ↑なんでこの日本語がこんな英訳に・・・。絶対思いつかないですよこんなん。

 

 このように、基本的に日本語よりも英語の方が文章が長くなる傾向にあります。日本語は表意文字なので、短い文字数の中に多くの情報を詰め込めるんでしょうかね。知らんけど。

 しかしだとすると、外国人にとっての日本語って本当に難しいんでしょうね💦

 ↑英語字幕だと、日本語よりも丁寧に説明しています。

 他にも、多くの場面で直訳ではなく大胆な意訳がなされていて、単なる英文和訳と翻訳とが別物であることがよくわかります。

 ↑これも、日本語だと「曲面が使える」ですが、英語だと"not limited to flat surfaces"と、「平面に限定されない」という書き方になっています。意訳というほどではないですが、こういう微妙な違いは本当に頻発します。英文の流れ的に、そっちの方が良いのでしょうか? この辺りの感覚は今の私にはわかりません💦

 ↑これは明快ですね。日本語版だと桃太郎ですが、海外の人に伝わるように、英語版だと"snow white"になっています。(日本の話なんだから個人的には別に桃太郎のままで良いと思うんだけど、ここは考え方の違いでしょうか)

 

口語表現に加え、「水」や「海」「自然科学」関連の語彙が増える

 本作はいわゆるギャルゲーとして話が展開されるため、キャラクターの掛け合いがかなり多いです。

口語表現

 ↑Saltheで大量に出てきた"ain't"が本作でも頻発。この場面だと"doesn't"ではなく"isn't"の代わりとして使われていますね。

 ↑このas cool as a cucumberや、、、

 ↑born with a shilver spoonも、、、

 ↑そしてこのbook-smartも、全部distinctionで登場した表現。なのでもちろん日本語字幕を読むまでもなく、意味は取れました。だけど知らない表現もわんさか出てきます。


 

 

 また世界観的に、水や海、土地など、自然科学全般に関する語彙が頻発します。

 

水や海、船に関する単語

inundated:水びたしになる、 forecastle:甲板At high tide:満ち潮時、 sea rise:海面上昇、 sea bed:海底、 whirlpool/vortex:渦巻、 water wheel:水車

aqueduct:水路、 ballast tank:バラストタンク

hydroelectric:水力発電の sunken:沈んだ~、 rubber ring:浮き輪

seagull:カモメ、 swimsuit-clad:水着姿の~、 buyoancy:浮力

poach:密漁、 reservoir:貯水池、 buoy:ブイ、 surface:浮上する

capsize:~を転覆させる、 be shipwrecked:遭難する

 

土地に関する単語

low-lying area:低地、 inland:内陸部

 

物理学に関する単語

current flow:電流、 electricity generator:発電機

the law of conservation of energy:エネルギー保存則

 

その他、科学に関する単語

uncanny valley:不気味の谷、 resin:樹脂、 nuclear fission:核分裂

biommimetics:バイオミメティックス、 substation:変電所

infrared light:赤外線

 

恋愛に関する単語

unrequited love :片思い textbook jealousy:やきもち(検索しても出ないけど、ホントにあるのかな?)

 

 こんな感じで、単なる学園モノを超える語彙が登場するため、英語多読用として得られるものは、かなり多いですよ。

 

物語の主題が明確

 限られた時間をどう生きるか、が本作のテーマ。

 主人公は身も心も傷だらけになり、Academyから逃げるようにこの町にやってくるわけですが、Academyで身に着けた知識は閉塞感に支配されつつあった学校に明かりをともします。

 ↑もちろん、それまでの間、学校を学校として維持してきたMinamoの尽力あってのことですが、無駄なものなんてないのです。

 確かに、作中の期間としてはとても短い話ではあります。だけどNatsukiであり他キャラたちの長い人生の中でのわずかなこの瞬間は、約束された別れがすぐそこまで迫っているAtriとの短い時間の中で、毎日をどの人間よりも丁寧に生きる彼女の存在によって大きく突き動かされます。それこそ、Atriの周りにいる全員の、今後数十年にもわたる人生を変えてしまうほどの強烈なインパクトが、このたった一夏に込められているのです。

 

おすすめ度

 おススメ度は、10段階で10です。多くの方が、プレイ中に何度も涙し、プレイ後には虚無感に襲われるでしょう。「もっとこの世界に浸っていたい、物語が終わってほしくない」と感じるかもしれません。私はそうでした。


 

 ↑もう勢いでサントラまで買いましたよ、私は! だって音楽聞くだけでどのシーンも脳内再生余裕ですからね。特に、作中でAtriが歌う"Dear Moments"の破壊力は恐ろしく、通勤の行き帰りでヘビロテしていても、その度に胸が締め付けられてしまいます。

 それと、後述しますが、本曲の歌詞については一部疑問に感じる部分も残っています。

 

 

ネタバレ感想

 ※ここから先は、思いっきりネタバレしています。未プレイの方はご注意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望と救済の物語

 今、全てのエンディングを観終わった直後に勢いでこの文面を書き始めていますが、ATRIという作品は「絶望と救済の物語」であると、私は捉えました。

 ↑この時は「破壊と再生」と考えていましたが、クリアした今は、「破壊」よりも「絶望」、「再生」よりも「救済」の方がしっくりくると感じています。

 本作品では様々な人々が絶望し、救済されていきます。原因不明の海面上昇により文明は衰退しつつある中、世界を救おうと懸命に努力しているのがNatsukiの父であり、祖母のNonkoであり、かつてAcademyで必死になっていたNatsuki自身でした。たった一つの光に救いを見出す町の人々も、わずかな希望をロケットに託す人類も、みな破壊されつつある世界の復活を(あるいは、世界を捨ててでも人類の存続を)望んでいます。たとえそれがどれほど儚い希望だとしても。他でもない、「世界」そのものが今、絶望の淵に瀕している…これはそんな終末世界の物語です。

 

Natsukiによる町と人々の救済

 物語序盤、Natsukiは半分水に水没し電気の通っていない学校の中に、手作りの発電機を作り上げます。これはNatsukiがこれまで積み上げてきた知識と周りの級友との協力により成し遂げた成果でしたが、Natsukiにとってはあくまで自分のできることをしたまでで、その動機自体は軽いものでした。しかしながら、これまで行政にすら見捨てられていた町に文字通り光が灯ったことの意味はとてつもなく大きく、人々の生活はにわかに活気づきます。それは、当初は「怪しい余所者」だと思われていたNatsukiの呼称が、この一件以来「学者先生」に変貌したことからも、明らかです。

 また発電機の完成により一番救済されたのは、Ririkaでしょう。彼女は校内の図書を手あたり次第に読み漁るほど賢く非常に優秀な少女であり、将来のAcademy生候補とさえ目されます。しかし一方で、両親はおらず家もないため、毎晩たった一人で学校に寝泊まりしているという壮絶な暮らしを余儀なくされていたのですから。Natsukiは、幼い彼女の人生にも多大な影響を与えたのでした。

 さらに、Natsukiが救済したのは、Ririkaだけではありません。(形式上は)借金取りに身をやつしていたCatherineは、Natsukiの手ほどきによって教職に復帰しますし、こんな未来のない状況で勉強なんてする意味がないと腐っていたRyuujiもまた、発電機を作ろうと奮闘するNatsukiに感化されて、本来の友人想いで頼れる自分を取り戻しました。唯一、Minamoだけはこの閉塞的な学校の中で孤軍奮闘していましたが、それでも学校という形骸の現状維持がやっとで、Natsukiなしには環境を劇的に変えることなどできなかったであろうと推測されます。

 このように、本作では主人公であるNatsukiがキーとなり、町や人々を救っていきます。本人にその自覚はないのかもしれませんが、図らずとも、スケールは小さくとも、彼は幼いころに決意した、「世界を救う」ことを、物語の序盤から確かにやってのけたのです。

 とはいうものの、本作で特筆すべきはやはり、主人公であるNatsuki自身、そしてヒロインであるAtriにかかる絶望と救済でしょう。これらはとてつもなく重く、プレイヤーの感情を揺さぶってきます。

 

小学生のNatsukiを襲った絶望とAtriによる救済

 母を失い片足を失い、頼りの父は行方知れず…。小学生でありながら世界に絶望し、崖から飛び降り自殺をしようとしていたNatsuki。この時彼を救ったのが、他でもないAtriなのでした。

 ただ、話はそう単純ではありません。この時、Atriもまたロボットでありながら世界に絶望し、飛び降り自殺を試みていたのですから。

 ↑前マスターに捨てられたと思い込み、自ら機能を停止しようとしていたAtri。

 

 Atriはロボットですから、自死することはできません。そのためNatsukiに背中を押すよう頼みますが、NatsukiもNatsukiで自殺するためにここに来たのですから、見知らぬ少女などに構ってはいられません。とはいえ他者に傍に居られては、そんな決意も鈍るというもの。自然、言葉を交わす二人。

 そしてAtriの言葉に幼いNatsukiは救済され、同時に彼女に恋をします。一方のAtriも、ここで初めてNatsukiから自然な笑顔を学習するのでした。

 大事なのは、この時点ではまだNatsukiが初恋の彼女をAtriだと認識していないことですよね。当時14歳くらいのお姉さんだった女性が、今は見た目年下になっているなんて気づくわけがない。そしてこのことが、現在のNatsukiの救済にもつながるというのは、本当に上手い構成だと感じました。

 

Academy生のNatsukiを襲った絶望とAtriによる再度の救済

 ↑誰よりも世界を救いたいと、あの日から弛まぬ努力を続けたことで、世界を救う術などないことに気付いてしまった皮肉。絶望しやる気を失ったNatsukiは特待生の立場と学費免除の資格をはく奪され、そして義足を売り払わざるを得なくなってします。今まで周りにはごまかしていましたが、これが真実でした。

 味方のいないAcademyに彼の居場所はありません。phantom painが再発し、さらに成績はガタガタに。周りを見下していた報いだとNatsukiはAtriを前に自らを嘲りますが、彼女はそんな彼をも、聖母のように受け入れて見せます。

 そしてついに判明した事実は、当時崖の上でNatsukiを救済してくれたのが、目の前にいるAtriだったということ。

 いやあ、この辺りはやられました。どうせキャサリンなんだろ?年齢的に、とか思ってたらまさかの・・・。そりゃロボットは年取らないもんなあ。

 ↑なんという破壊力。

 この仕掛けの上手いところは、人間であるNatsukiが、いくら魅力的だったとしても、ロボットであることをあらかじめ知っている上に見た目も幼いAtriを恋愛的な感情で好きになるという流れにするのは難しいよなあ~、という懸念を見事に覆してくれた点です。当時のNatsukiは、Atriをロボットだなんて知りませんもんね。「初恋の人」というジョーカーは強すぎる。

 ↑そして、さらっと告るNatsukiくん。これまだ物語のまだ3分の1くらいですよ。男らしすぎやしませんか!(まあ、Atriには恋愛の概念がないので通じていない、というお約束ですが)

 ここからしばらく紆余曲折がありますが、2人は晴れて恋人同士となります。思わずプレイヤーがにやっとしてしまうような甘酸っぱい・・・というか甘い甘い展開が続きます。それこそ、”My Dear Moments”のサブタイトルそのままのキラキラした青春が。そしてその過程で、周りのキャラクターも、プレイヤーも、誰もが2人を応援するでしょう。

 しかし、私もわかってはいましたが、こういうゲームでこんな早い段階で幸せが訪れてしまったら、ここから先はもう辛いことしか待ち構えていないに違いないじゃないですか。高ければ高い山の方が、転げ落ちた時痛いもんな!

 

現在のNatsukiを襲った絶望と、Natsuki自身による救済

 そして、物語の中盤で、Natsukiは3度目の絶望を経験することになります。この3度目の絶望はプレイヤーまでもを仄暗い海の底に叩き落すインパクトを備えていました。

 というのも、今まで自分を二度も救済してくれたまるで聖母のようなAtriこそが、絶望の外ならぬ担い手だったからです。

 ↑Oh...

 ↑直後のこれはキツイ!

 Atriは「ログをつける」と称して、毎晩ノートにその日あったことを記します。しかし、そこに記されていたのは、あまりにも無機質な、ロボット然とした文字の羅列でした。

 いやあ、ログが泣きのツールとして使われるのは間違いないとは思って読み進めてはいましたが、それはAtriがいなくなってからキラキラした当時をNatsukiが思い出して涙する的な、いわば「ポジティブな泣き」を呼ぶ使い方だと予想してたんですよ。それがまさか「ネガティブな泣き」の引き金に使われるとは・・・。

 ↑何を言っても無感情に"Affirmative."と答えるAtri。ノベルゲーで英語多読やっていると、この"Affirmative."はよく登場しますよね? どういう場合に出てくるかといえば、たとえばAtriと同じロボットであるPlanetarianのYumemiが主人公の命令に対して事務的に回答するシーンや、CrystallineのクールキャラであるAmyが、これまた無感情に相槌するシーンなんですよ。いずれも、常に感情を爆発させるAtriとは全然違うキャラ。それだけに、「あのAtriがこんな・・・」という絶望は、酷く深く突き刺さりました。

 ここから、Atriを描写する際に、"uncanny:不気味な"とか、"impassive:無感情の"などの形容詞が出現するようになります。こういう高難度の単語が胸を抉るような場面で何度も登場し、嫌でも記憶に残ることになるので、英語多読的にはとても嬉しいわけですが、この嬉しさは私のライフポイントとトレードオフなんですよ・・・。

 しかし、、、Natsukiくんは本当に強い心の持ち主です。

 ↑深い絶望に苛まれながらも、彼は感情を失ったAtriをも受け入れ始めます。

 ↑この尊みよ・・・。

 楽しかった日常が崩壊し絶望に叩き落されたはずのNatsukiは、健気にも自らの力で感情を失ったAtriを受け入れます。過去に2度救済されたことで、次は自分がAtriを救う番だとばかりに。

 

感情を失ったAtriの絶望と、Natsukiによる救済

 ↑Atriに意思があり、意識的にロボット三原則を破れるのであれば、Atriは自ら自死を選べるはずだというYasudaに、「Atriには未練があるから、死ねないんだ」と切り返して見せるNatsuki。「我慢しなくていい! ロボットのふりをしなくていい! 発露させろ!お前の想いを!!」 良いセリフ。

 ↑ヒロインが悲痛な叫び声を上げるシーンで「よっしゃぁあ!!!」ってガッツポーズすることになるとは、流石に想像もしてなかったぜ・・・。この場面でAtriが人間の命令を破ったのは、Atri自身のため。これはつまり、Humanoidが心を持っていることの証拠です。

 さらに、人間もまた最初からすべての感情が備わっているわけじゃない。他者との関係性の中から学んでいくんだと、Yasudaを諭すNatsuki。ここまで物語を追ってきたプレイヤーからすれば、彼のこの言葉には重い重い説得力があります。Yasudaもまた絶望し復讐にとらわれた悲しい人物ですが、ある意味ここでNatsukiに救われたと言えるでしょう。

 

Atriを苛み続けている絶望と、Natsukiによる再度の救済

 こうして、Atriは感情を自覚するようになります。以前のAtriに似ていますが、覚えたての感情に振り回され、かつてよりもっといじらしい。しかし、寿命はあとわずかしかないのに、心を持ってしまったことによってまだ彼女は救われないという皮肉。

 ↑人間の感情を理解したがために、自分がNatsukiの母に嫌われていたのだと考えてしまうAtri。かつてのマスターが自分を憎んでいた。その事実に気付いてしまったことで、Atriは過去全てを否定したくなってしまいます。

 ↑思い返せば、そこに至るまでの壮絶な経験に加え、前マスターの死がトドメとなり、自分には価値がないと当時のAtriは判断したのでした。自覚の有無の差はあれど、あの頃も現在も彼女が知っている感情は「悲しみ」だけだったのです。

 しかし、忘れてはならないのが、Atriがまだ感情初心者だということ。

 ↑Shiinaが本当は自分を憎んでなどおらず、仲直りしたいと思っていたこと。そして自分はとっくに「喜び」を知っていたこと。海底の思い出の地にNatsukiはAtriに1つ1つ、丁寧に想いを伝えていきます。

 

Natsukiの成長物語

 このように、本作はNatsukiの成長物語として見ても秀逸な出来です。Atriにより2度救われ、Atriにより絶望させられたNatsuki。さすがにいったんは心が折れそうになります。ここで本作のテーマ:限られた時間をどう生きるか、が効いてきます。

 物語の序盤、自分が近いうちに機能停止することを理解しているにもかかわらず、Atriは学校へ通い学習をしたいと言います。その成果は一度目のEden上陸時に現れました。この時Atriは、船から投げ出され海におぼれたNatsukiを、自らの力だけで救助してみせるのです。以前は泳げなかったAtriが、体育の授業で身に着けた彼女特有の泳法を用いて、です。

 この点は、結局水泳を諦めてしまったNatsukiとの対比が上手いですよね。再三Atriから言われたように、この時点でのNatsukiは、死にゆく世界と現状に満足する自分自身を受け入れ、かつて決意した「世界を救うこと」を放棄してしまっていましたから。

 そんな挫折もありながら、彼はついに自らの足で立ち上がり、初恋相手であり命の恩人であり、ロボットのふりをして自分を苦しめる相手であるAtriを、そして最後には本当に世界をも救ってしまいます。Natsukiくん、すごく成長したね!

 

 

1つだけ最後まで残った謎

 ところで、ほぼ完璧に腹落ちして感動の大激動に飲み込んでくれた本作なのですが、個人的に1つだけモヤっとした部分が残りました。ShiinaがAtriに、そしてNatsukiに伝えた歌であり、破壊力抜群のエンディングテーマである"Dear Moments"の歌詞についてです。

 何度読み返してみても、この歌詞Atri視点にしか思えないんですよ。百歩譲って1番の歌詞のサビ前半まではShiina視点だと言えなくはないですが、その後に続く

古いアルバムの片隅に
残る雫の痕
見つけてくれた貴方へ
伝えて「ありがとう、さようなら」

については、どう考えてもログのことを描写しています。

 また、2番はもっと顕著です。

書きかけの手紙に
夢見てる懐かしい日々
海の底で眠る名もない私の
ただ一つ芽吹いた無垢な心

(中略)

遠く褪せゆく思い出で
響く優しい声

(中略)

「ありがとう、私の好きな人、
もう二度と帰らない愛しい日々」

 疑いようもなく、Natsukiと共に生きそして別れの日を迎えたAtriが、後から当時を述懐して綴ったような描写になっています。

 これはいったいどういうことなんでしょう。この歌はShiinaから2人に伝えられたはずなのだから、こんなAtri視点の歌詞がついているわけがないのに…。ShiinaがAtriやNatsukiに伝えたのは1番だけで、2番はAtriが後から付け加えたということでしょうか。だとすると、AtriのShiinaに対する気持ちが見えるようでなんだか微笑ましいですね。

 

※後日追記※

 と思ってシーンをもう一度見直してみたら、作中でAtriが歌っているのは1番でした! やはり2番はAtriによる後付け説が濃厚ですね。ただ、それでも1番サビ後半の「古いアルバムの片隅に~」だけは説明がつかないので相変わらずモヤっとしていますが💦 どなたかここ解釈できる方いらっしゃったらコメントください!

 

おわりに

 序盤はまるで感情があるかのように元気よく振舞う可愛いAtriにオトされ、中盤は冷徹なロボット然としながらも優しさを隠せないAtriにハマり、終盤は感情を自覚してもじもじと恥ずかしがるAtriを愛でる。まさにAtriのAtriによるAtriのためのゲームです。

 シナリオは、これまた主人公であるNatsukiとヒロインであるAtriとがお互いに絶望し合い、救済し合いながら心を通わせていく、どこまでいっても2人の恋路の物語。話は世界規模にまで広がりますが、最後の最後のトゥルーエンドで再度2人だけの世界に帰結するという構成は、その証左のようです。

 ノベルゲーでここまで引きずりこまれたのは久しぶりなので、プレイ後の熱量のまま書きなぐってしまい、酷い記事になってしまいました。1万五千字とか、我ながらアホですか・・・。

 英語多読的に言っても、感情が動けば動くほどそのシーンで登場する英単語や表現は記憶に残りやすくなりますので、学習目的だとしても、ATRIをプレイするのはプラスな面しかないですよ。

 2024年に放映されるというアニメ版、そして来月発売されるという同サークルのGINKAが楽しみで仕方ありません。

atri-anime.com

ginka.frontwing.jp

 ホント、プレイして良かったです。こんなん2000円前後で出すレベルの作品じゃないですよ、マジで。。。

 

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